PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい) | 完治を目指して――。

記録

過去の状況から現在までの経緯を記しています。

PPPDに至った原因<~2021年2月~>

全ての始まり

――全ては、数年前に抗うつ剤を飲み始めたことがキッカケでした。

当時は不安感や気分が上がってこない、ひどい悪夢を見る、何か落ち着かない感じする……といった非常に精神状態が不安定でした。

どういった流れそうなったか忘れてしまったのですが、チャリで通える距離にある神経内科にかかることになり、見慣れぬ待合室で問診票を書き、受付に渡し、しばらくして医者と対面しました。

状況を説明すると、それらの症状に効くいくつかの薬(当時の自分にとっては謎の物質に等しい)を処方され、その日から2種の抗うつ剤、1種の抗不安薬を毎日服用することとなりました。

それから数年後、薬を飲み続けた結果、精神は安定し、何不自由なく日常生活が送れるようになりました。

しかし、当時それらの薬が一体どういものなのか全く理解しておらず、依存性や耐性について、減薬や断薬、離脱症状について、本当に無知で、特に何も考えず毎日服用し続けていました。

減薬と離脱症状

それから更に数年後、生活環境が代わり、それに合わせて医者が変わったことで薬が代わり、最終的にはSNSI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)1種を一日一回服用とすることとなりました。

そして2020年、多少の知識をつけた私は減薬に挑戦し、何度か失敗したものの、量を減らすことができました。

「このままの流れでいけるかもしれない!」と思い、医者に相談しないまま2021年の元旦から0mgへ向けて急速な減薬を進めてしまいました。

※絶対自己判断での減薬はしないで下さい。必ず主治医と相談して下さい。


1月中は明らかな離脱症状が出ていました。

だるくて頭が働かない感じがあったり、薬への渇望感(ヤク切れ感)や身体の震え、頭痛が起きたりして、ひたすらぼ~っと動画を見るなどで耐えることしかできない状態が続いていました。

PPPDの前兆が起きたは、おそらく2月に入ってからで、

「身体が傾いているような感じがする」

「浮動性めまいのような揺れる感じがする」

そんな症状が現れ始めました。

当時の私は「これも離脱症状だろう。いずれ消えていくだろう」と思い込んでいました。

頑張って耐える日々を過ごしていたものの、しかしながら、それらの症状だけはいつまで経っても収まらず、むしろ悪化するばかりで、徐々に精神的な不安が伴うようになってしまいました。

薬の量を戻しても離脱症状が消えない。頑張って運動してもダメ。

一層ひどくなってしまったため、自力じゃ、もうどうすることもできないと判断し、脳神経内科にかかり、CTで脳を撮影してもらいました。

結果は異常なし。

おまけに処方された漢方も効き目なし。

その頃は就寝時に歯の痛みも強かったので歯医者にも行きましたが、こっちも原因不明。

3月はそういった過去に経験したことのない痛みを身体のあちこちで感じるようになり、次第に緊張性頭痛や耳鳴り、聴覚過敏、食欲不振、目の異常、睡眠障害、動悸、夜間頻尿、痺れ、呼吸を意識してしまう……など平衡感覚や身体の揺れ以外の症状がどんどん出てしまっていました。

まるで次から次へ溢れ出るかのように”異常”が身に起こり、それらを全て離脱症状だと思い込んでいた私は、いつまで経っても収まらないことに不安と焦燥感を募らせていました。

心は日に日に磨り減っていきました。

自律神経失調症

ほぼ毎日のように様々な医者に診てもらい、原因が分からず絶望し心が逼迫していくなか……4月のとある日、初めてかかった耳鼻科で「耳に異常ないから自律神経失調症だね」と言われ、生活の改善する意味で睡眠導入剤を処方されました。

ようやく診断結果を得られました。

「あぁ、私は自律神経失調症なんだ」

「だから、こんな色々な症状が出ているんだ」

「だったら話は早い。自律神経を整えれば治るんだから」

その日から医者の言うことを全て忠実に守り、パソコンの使用を止め、適度に運動し、夜風呂に入り、睡眠導入剤を飲んで12時になる前に眠りました。

一週間そんな生活を続けた結果、どうなったかというと……。

悪化しました。

24時間持続する身体の揺れや平衡感覚障害を始め、睡眠の妨げになる耳鳴り、寝起きの強烈な緊張性頭痛など、症状はひどくなる一方でした。

原因が分からない

「なぜ、悪くなるんだ。どうしてなんだ……」

日々の我慢も、限界でした。

「もう、死にたい」

耐えることが辛く、家族にそう告げました。

泣きながら自分の身に起きていることを全て吐き出しました。

その日は頓服用に昔もらった抗不安薬を飲んで眠りました。

――自律神経失調だけで、こんなことになるのか?

明らかに違う。絶対何か原因がある。

そう思った数日後、(ネットで調べたのかTVでたまたま知ったのか忘れてしまった)「PPPD」の存在を知りました。

最終診断

症状に当てはまる項目が多く、自分がそうなのではないかという確信めいたものを感じ、それを確かめるため5月の中旬、私は母親に頼んで他市へ趣き、精密機器のある、そしてPPPDに対して理解がありそうなお医者さんのいる耳鼻科へかかりました。

色々な検査を経て、

「PPPDでほぼ間違いないでしょう」

そういった診断が下されました。

「SSRIを飲んで緩和するのに1ヶ月……」

「完治するのは……半年、長くて1年かかるかもね」

診断後、院長はそう続けました。

心境の変化

当時は「なぜ、今、こんなことになっているのだろう」と元気だった頃とのギャップに苦しんでいました。

要するに、”名前も何も分からない苦しいもの”にひたすら脅かされている現実が受け入れられなかったのです。

しかし、私はPPPDなのだ。

私は病気なのだ。

今は胸を張ってそう言える。

苦しいけど、その苦しみの原因がはっきりした。

何より、治すためにどうすればいいかが分かり、今後の方針が決まった。

そう思うようになってからは、少しだけ気持ちが軽くなったような気がしました。

それでも、症状の悪化は止まりませんでした。

まるで毎日一段ずつ階段を登っていくような、そんなペースで病状は進行していました。

「心が休まるはずの就寝時に一番身体が揺れる……不安と恐怖で眠れない」

「このままじゃ、気が狂う……生きていけない……」

PPPDであることが分かったところで、現状は何も変わりません。

24時間持続し夕方~夜にかけて症状が強まるPPPDの猛威によって心の消耗は止まりませんでした。

休まる暇がなく、逃げ場がなくなり、未来に希望を持てなくなりました。

「だれかたすけて」

症状が強いとき、私の心はそう叫んでいました。

PPPDの治療~闘病生活<2021年5月下旬~>


SSRIによる治療と抗不安薬による抑制

5月からかかっていた心療内科に事情を説明すると、自律神経失調のための薬に加え、
PPPD治療に有効とされているSSRIレクサプロ(5mg)とクロチアゼパム(5mg)×2、ロラゼパム(1mg)が追加されました。

少し前までは、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬を飲むことに抵抗感を覚えていました。

また、SSRIの副作用が強いという情報を多数目にしていたこともあって、こちらも服用を躊躇していました。

しかし、もうそんなこと言ってられない。

大げさに言えば命に関わる状況で(極論、症状を止めるには死ぬしかない)、選り好みなんかしてられない。

そう思って、次の心療内科にかかるまでの一週間は上記3種の薬を毎日服用しました。

緩和

それからは、まず不安を感じることがかなり減って、徐々に浮動感、動揺感も緩和されていきました。

以前は、特に屋内を歩くたびに、平衡感覚の異常のせいで床が傾いて感じ、身体が傾くせいでふらつき、めまいのような症状が出ていました。

なので、歩くことに対しての恐怖感が根付いてしまい、2週間程は風呂・トイレ以外、ほぼ寝たきりという日々を過ごしていました。

(ひどいときは、風呂が1階にあるので、階段にお尻をつけて一段ずつ下がっていく、というような移動の仕方もしていました)

それから、食事や用事がある際は電話で下にいる母親を呼び出していました。

また、今までは歩いて行っていたマッサージや近所の医者の行き帰りも全て車で送迎してもらっていました。

ちなみに、これは、私だけに限った話かもしれませんが、じっと何もせず座っていたることが辛いのですが、
唯一車に乗っているときだけはPPPDによる揺れが車の揺れによって打ち消されるようで、かなり紛れます。

なので、SSRIと抗不安薬によって少し緩和してきた現在(2021年5月下旬)は、車で遠出してその道中で昼食を買って車内で食べる、 ということをほぼ毎日繰り返していました。

そうすることで、自宅で独りじっとしている間の「揺れへ意識しまう時間」を減らすことができ、かつ一日の楽しみにもなっていました。

このドライブ中はPPPDの症状や精神に対して非常に良いもので、現在の私にとってとても大切な時間となっています。

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